手ブロ創作企画関連
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山に纏わる思い出話。
***
その頃私は、私が知る只一人の聖者――縁者が聞かせてくれる不思議な物語に夢中だった。
それは不思議な生き物の物語だった。
否、そもそも其れを生き物と呼んで良いのかさえ判然としない。
所謂妖怪・化物と呼ばれる物達の物語である。
それらの多くは、もうこの世界で遇うことは出来ないのだと、私の聖者は深い黄昏の目をして言った。
それでも残った幾許かは、裏に広がる山の中に今尚潜んで居るのだろうと彼は秘密を打ち明けるような声色で小さく笑う。
それが真実なのか虚偽なのか、幼い私にはわからなかったが、彼の口調は嘘を言っているようには聞こえなかった。
裏に広がる山、それは古くから彼ら一族の土地であるらしかった。
小さな神社を護る彼の家系はそのまま山を護る家系で有り、同時に山から人を守る家系であった。
もう何十年も人の手が入っていないという小さな山。純然たる自然。
それは泰然とそこに坐し、昼には日の光を緑に反射して小鳥たちを遊ばせていたし、夜には月光を受け白く輝いていた。
月が無くなる日の夕暮れ、
何時まで経ってもガッコウという施設や沢山のニンゲンに慣れる事が出来なかった私は、
その日も一人で裏の山へ分け入っていた。
――― うわん
低い、鐘の様な音が響き渡った。
この山は神様を祀っている社のものだ。
仏様を祀っている寺の山では無い。
鐘の音など聞こえる筈がなかった。
私は声にならない悲鳴を上げ山を駆け下りる。
通り慣れた筈の道はでこぼことして、突き出た枝や草が私を山に繋ぎ止め様とする手の様だった。
そこらじゅうに散らばっている小石が足を滑らせる。
――― うわん わん
最後の通告だと謂わんばかりにその音は耳元で響いた。
「うわんうわん うわんうわん」
私は我武者羅に駆けながら大きな声で叫んだ。
うわん うわん
うわん うわん
そうして何十分走り続けただろう。
否、正確には裏山はそんなに大きな物では無いのだから、子供の足だとて精々が十数分と云うのが良い所だろう。
しかし、その時私には明けぬ夜でも訪れたかのように、真っ暗な山を延々走り続けて来たような気がしていた。
大きな声で『うわん』と叫びながら、べそを作って飛び出してきた私を、大きな温かい腕が迎えてくれる。
広い肩に足りない短かな腕を回し必死で抱き縋る。
彼に抱かれてさえいれば、どんな化物だって手出しは出来ないのだと信じ切っていた。
うわんはめったに人を襲わない妖怪だと言う。
唯、寺の傍で、あるいは暗い夜道で、高い塀の上や闇の中から―うわん―と鳴いて人を驚かすのだと言う。
中にはその音に「うわん」と応えなければ人の魂を持って消えると云う言い伝えもあったが、それは後世に物語を描いた佐藤何某と言う文筆家の創作だろうと言うのが通説であった。
月の無い夜、真暗に沈んだ裏山を眺めて思い出す。
その頃の私は既に『うわん』の物語を聞き知っていた。
それが人を驚かすだけの化物であることを知っていた。
それでも私は恐ろしかったのだ。
まるで大きな山が、真暗な得体のしれない大きな生物が、
私をその一部にせんと欲して居るかの様でただただ恐ろしかったのである。
そんな経験をしたと言うのに、其れからも私は縁者に不思議な物語を強請った。
その物語はどれもお伽噺の様だったが、
どれも彼自身が経験した出来事なのではなかろうかと妙な興奮を伴った。
***
RT森小路の思い出話。
縁者・聖者は刑部。
***
その頃私は、私が知る只一人の聖者――縁者が聞かせてくれる不思議な物語に夢中だった。
それは不思議な生き物の物語だった。
否、そもそも其れを生き物と呼んで良いのかさえ判然としない。
所謂妖怪・化物と呼ばれる物達の物語である。
それらの多くは、もうこの世界で遇うことは出来ないのだと、私の聖者は深い黄昏の目をして言った。
それでも残った幾許かは、裏に広がる山の中に今尚潜んで居るのだろうと彼は秘密を打ち明けるような声色で小さく笑う。
それが真実なのか虚偽なのか、幼い私にはわからなかったが、彼の口調は嘘を言っているようには聞こえなかった。
裏に広がる山、それは古くから彼ら一族の土地であるらしかった。
小さな神社を護る彼の家系はそのまま山を護る家系で有り、同時に山から人を守る家系であった。
もう何十年も人の手が入っていないという小さな山。純然たる自然。
それは泰然とそこに坐し、昼には日の光を緑に反射して小鳥たちを遊ばせていたし、夜には月光を受け白く輝いていた。
月が無くなる日の夕暮れ、
何時まで経ってもガッコウという施設や沢山のニンゲンに慣れる事が出来なかった私は、
その日も一人で裏の山へ分け入っていた。
――― うわん
低い、鐘の様な音が響き渡った。
この山は神様を祀っている社のものだ。
仏様を祀っている寺の山では無い。
鐘の音など聞こえる筈がなかった。
私は声にならない悲鳴を上げ山を駆け下りる。
通り慣れた筈の道はでこぼことして、突き出た枝や草が私を山に繋ぎ止め様とする手の様だった。
そこらじゅうに散らばっている小石が足を滑らせる。
――― うわん わん
最後の通告だと謂わんばかりにその音は耳元で響いた。
「うわんうわん うわんうわん」
私は我武者羅に駆けながら大きな声で叫んだ。
うわん うわん
うわん うわん
そうして何十分走り続けただろう。
否、正確には裏山はそんなに大きな物では無いのだから、子供の足だとて精々が十数分と云うのが良い所だろう。
しかし、その時私には明けぬ夜でも訪れたかのように、真っ暗な山を延々走り続けて来たような気がしていた。
大きな声で『うわん』と叫びながら、べそを作って飛び出してきた私を、大きな温かい腕が迎えてくれる。
広い肩に足りない短かな腕を回し必死で抱き縋る。
彼に抱かれてさえいれば、どんな化物だって手出しは出来ないのだと信じ切っていた。
うわんはめったに人を襲わない妖怪だと言う。
唯、寺の傍で、あるいは暗い夜道で、高い塀の上や闇の中から―うわん―と鳴いて人を驚かすのだと言う。
中にはその音に「うわん」と応えなければ人の魂を持って消えると云う言い伝えもあったが、それは後世に物語を描いた佐藤何某と言う文筆家の創作だろうと言うのが通説であった。
月の無い夜、真暗に沈んだ裏山を眺めて思い出す。
その頃の私は既に『うわん』の物語を聞き知っていた。
それが人を驚かすだけの化物であることを知っていた。
それでも私は恐ろしかったのだ。
まるで大きな山が、真暗な得体のしれない大きな生物が、
私をその一部にせんと欲して居るかの様でただただ恐ろしかったのである。
そんな経験をしたと言うのに、其れからも私は縁者に不思議な物語を強請った。
その物語はどれもお伽噺の様だったが、
どれも彼自身が経験した出来事なのではなかろうかと妙な興奮を伴った。
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